大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和51年(ラ)404号 決定

抗告人

株式会社中村商店

右代表者

菊井安治郎

右代理人

森川清一

相手方

株式会社丸京

右代表者

瀬川亮三郎

右代理人

市野沢角次

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。相手方の申立を棄却する。」との裁判を求めるというのであり、抗告の理由は、別紙「抗告の理由」に記載のとおりである。

これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

借地法八条の二第一項が借地条件変更の要件として規定する「事情ノ変更」を契約法上の理論である「事情変更の原則」にいう事情の変更と同義に解するのは相当でない。「事情変更の原則」は、契約当事者の予期しない著しい客観的事情の変更のあつた場合において、当初の契約に文字通り拘束力を認めるのは信義則に反することになるので、契約内容を事情の変更に即したものに修正すべきであるとする理論であり、当事者の意思を形式的にではなく、実質的に尊重せんとするもので、当事者の意思に基礎を置くものである。ところで、建築に関する借地非訟は、土地の合理的利用を目的とする用途地域等の指定に呼応し、土地の合理的利用の促進という社会的要請の観点から採用された制度であり、この社会的要請を満すため、土地利用に対する借地契約当事者(主として賃貸人)の支配・介入を排除せんとするものであり、契約時の当事者の意思を尊重することとは異る次元のものである。従つて、借地法八条二第一項にいう「事情ノ変更」は、借地人の現存建物が附近の土地の利用状況と対比した場合、土地の合理的利用の観点から不相当であることをいい、右の相当性は、建物と附近の土地の利用状況という物と物との関係を即物的にとらえて判断すべく、借地権設定時における契約当事者の意思を考慮に容れて判断するのは相当でない。本件の資料によると、本件土地は、現に借地権を設定する場合には、堅固な建物の所有を目的とするのが相当であると認められるので、抗告理由第一点は、理由がない。

財産上の給付は、土地の利用方法の変更により借地人の受ける利益の調整であり、賃貸人が蒙る損失の補償ではない。(堅固建物の建築に因り賃貸人は損害を蒙ることになるが、国が私人の財産権を制限した場合の損失を補償すべきものとするときは、補償内容を法律で明定するのを常とするが、借地法にはかかる規定はない。)堅固建物の建築により借地人の受ける利益は、借地権価格に反映する。非堅固建物所有目的と堅固建物所有目的との両者の借地権の価格の差が借地人の受ける利益であり、財産上の利益は、この借地権価格の差を中心に考慮すべく、しかるとき、原決定の財産上の給付は相当であり、抗告理由第二点も理由がない。

以上のとおり、本件抗告は、理由がないので、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(小山俊彦 山田二郎 堂薗守正)

【抗告の理由】 一、本件土地は、もともと繊維関係の商業地域内で、かつ防火地域内にあつたのであつて、それを前提にして抗告人は、契約当初から木造瓦葺の建物所有の目的で小川商事株式会社に賃貸し、更に、それを承知で昭和三四年三月二八日に相手方は右建物を購入し本件借地権の譲渡を受けたものである。従つて借地人の借地条件変更の申立は、借地法第八条の二第一項にいう住宅地域から商業地域への変更等といつたような客観的事情変更があつたという理由からではなく、本件土地を自己の営業発展のため有効に利用したいという借地人の側の主観的事情の変更を理由とするものであつて許されるべきものではない。しかるに原決定の判断は、賃貸借契約成立時の事情を顧慮することなく誤つていることが明白である。

二、かりに百歩譲り、本件借地条件の変更が是認されるとしても、非堅固な建物より堅固な建物への変更は、本件土地の借地権の存続を永久的なものにし、本件土地の所有権を殆んど単なる地代請求権に陥らしめ、その結果、抗告人の原決定によつて蒙る損害は原決定認定の金額によつて補償されるべき程度のものではなく、その倍額をもつて至当と思料する。

従つて、原決定はその限度において変更さるべきである。よつて、本件抗告に及ぶ。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例